Vol.14 コンピュータって進化したんだ!と、一瞬は思わせてもらったから良しとしよう 新居雅行

Macintosh Quadra 840AV
CPU:68040(40MHz)
メモリ:8MB/最大128MB
ハードディスク:230MB~1000MB

AV…この単語を素直にオーディオ&ビジュアルなんて解釈するやつはあまりいない。
誰もがスケベな想像を働かせてしまうのじゃないだろうか?
今はもちろん、1993年のあの頃はもっとその傾向は強かったように記憶している。
アップルが開催した新製品発表の記者会見で、配られる資料にあるAVという単語を見て、ひそひそとざわめきが走った――「おぃおぃ、AVだってさ」「だいじょうぶかよ」。
はたして、記者会見が終わって、ざわめきは歓声ともため息ともつかない声に変わっていた。
なにやらすごいのだけど、みんな一気に消化不良になってしまったのだ。
「新居さん、どう思います? このマシンは?」
とっさに思い付いた評価はこんなのだ。
「まさに、僕らが子供の頃にSFとかで夢見ていたコンピュータってやつじゃないですか、これって。」

音と映像が扱えるといっても今でこそごく当たり前だが、80年代は特にMacintoshの得意とするところであった。
もちろん、NeXTというハイエンドシステムもあったけど、MacRecorderというおもちゃで死ぬ程遊んだことは、80年代のMacintoshユーザの懐かしい思い出にもなっているだろう。
だが、システムはグラフィックスにシフトする。
そちらの方が、市場がでかいのである。
印刷業界というバックグランドがある。
カラー対応、そしてQuickTimeという流れは、もうよく御存じだと思うので割愛する。

こうした視覚情報に直結したグラフィックスという点は、もちろん、人間の情報伝達の上では重要だが、それと同じくらい、音声でのコミュニケーションも人間は行っている。
しかしながら、音声コミュニケーションやあるいは表現というものに対し、Macintoshでさえも、単に「デジタル版レコーダ」として範疇からは離れられなかった。
もっとも、フロッピーを取り出す時に、おぇ~! ってゲロを吐く時の声が出てくる機能拡張を離れた席のマックに勝手にインストールするというお遊びはあったのだけど、音声によるコミュニケーション…それを最初に現実味を持って感じさせたのがQuadra 840AVなのである。

もちろん、840AVは当時の最高のスペックの機種だったこともあって、せん望の的となったのだが、単にパワーがあるという以上に意欲的に新しい機能を組み込んだ点でも特筆すべき機種なのである。
DSP(Digital Signal Processor)をCPUとは別に搭載したり、ソフトウエアで構築するモデムを組み込んだり、ビデオ取込みの機能が標準で組み込まれているなど、それまでのMacintoshとはちょっと違っていたのである。
その後も、AVマシンというサウンドやビデオ入力を標準にするという試みは続けられたものの、コンシューマ向けに市場がシフトした時にはコスト削減もあってかそうした機能は省略気味になり、今やFireWireとなって、理論的にはサウンドもビデオも完全にデジタル統合した(現実的な面ではいろいろあるけどね)。

840AVの発表会では、Macintoshを声で操作するデモが行われた。
もちろん英語でだが、「What time is it?」と言えば、「eleven tirty five」などと声で話すという具合だ。
頭に必ず「Computer!」と呼び掛けるあたりが、スタートレックライクだったりするわけだ。
当然、その後すぐにも購入したのだが、確か日本語システムでは英語版のPlainTalkは含まれていなかったと思うので、きっとDeveloper CDあたりからの英語版System 7.1を持ってきてインストールしたのだったと思う。
さっそく840AVに(正確にはマイクにだけど)話し掛けたのである。
正直なところ私は英語は得意ではない。
いきなり、Computerという単語からして反応しない。
スピーチさせた結果を真似して必死になって840AVに語りかけた。
当時は一人暮らしだったけど、アパートだったので、もしかしたら、隣とか上の部屋の人には迷惑をかけたかもしれない。
その日は声がかれるまで話し続けた。
だけど、本当に面白いと思ったのは、話した言葉に対応したファイル名を持つAppleScriptのプログラムを起動できるといった仕掛けが背後で動いていることだ。
もちろん、音声認識することや、テキストをしゃべらせるのもすごいのであるが、人間の声が、システムに直結し、そしてAppleScriptという仕組みで、対応ソフトウエアをコントロールできるのである。
テクノロジーの連動に、非常に大きな可能性を感じたものだった。

それから、GeoPortテレコムアダプタという仕組みも興味を引いた。
マックで電話をかけられるのである。
とにかく、マイクとスピーカーをセッティングして、友人のところに電話をかけてみる。
1度目はなぜか失敗(笑)、こっちの声が聞こえていないらしく、「もしもし!」と叫び続けている。
おっと、サウンド入力の設定がおかしかったぞ。
そんなわけで、オーディオセットのスピーカーから相手の音を聞き、こちらの声はマイクで拾うなんてことで、しばらく電話をかけていたものだが、受話器を当てなくてもいいのは長電話でも耳が痛くならなくて確かに良かった。
しかし、Macintoshは電話専用機ではないため、セッティングを変えている時にとっさに電話が来ても対処できなかった。
専用機、つまり普通の電話器の方が、その意味では「使い勝手が良い」ということなのだ。
だけど、このままちゃんと切り替えなどが適切に素早くできれば、それこそ21世紀を迎える頃には、電話器もファクスもなくなって、マックでそれら通信手段すべてに対応しているのじゃないかと思ってしまったけど、残念ながらアテはすっかり外れてしまった。
そんなこんなで音声処理とたわむれながら、ソフトバンクから出版された「AV Macガイド」という書籍ができあがった。
それから、ビー・エヌ・エヌから出版された「ツールボックスプログラミング」は、開発を840AVでやっていたのを覚えている。
Symantecの開発ツールがDrag Managerに対応していないために、ドラッグ処理のデバッグが事実上できないに等しく、頻繁にリセットボタンを押した結果、リセットボタンが基板からはがれてしまったりしたことも記憶している。

今現在、コンピュータを音声で操作している人ってどれくらいいるだろうか?
Macintoshはこうして音声認識の先べんはつけたものの、日本語の音声認識はさっぱりで、ベータ版すら出て来ない。
一方、Windows環境では、ViaVoiceがかなり注目を集めたし、ATOKがさっそく対応するなど、音声ユーザインタフェースはあっちの世界では日々完成度を高めつつある。
だけど、テキストを打ち込むのはやっぱりキーボードの方が効率的なような気がする。
ずっとキーボードを使ってきたからということもあるのだろうけども、やはり音声→テキストよりも、指の動き→テキストの方が、心理的な障壁は低いような気がする。
つまり、音声は人間同士のコミュニケーションを図るものであり、コンピュータとのやりとりには最適化されていないということではないだろうか。
2001年となった今、音声でペットと遊ぶとかはさておいて、ネットワークという世界での音声を利用した情報のシェアは決して高くない。
リアルタイムで会話することも、あまり行われていない。
むしろ、テキストでチャットをしている方が、現実世界との違いがあってある意味では安心感もある。
仮にボイスメールでやりとりするとしても、リアルタイムではない会話という世界でのコミュニケーションを成立させるという点では、私達は何の訓練も受けていない。
こうした状況は、人間が重要なコミュニケーション手段としている音声という領域に対してテクノロジーはまだまだほんのわずかな部分しかタッチできていないということの現れではないだろうか。
ほんとうにスタートレックのシステムのようになるには多大な年月が必要となるだろう。
ドッグイヤーにあっても、すべてのテクノロジーが犬のように過ごすとは限らないのだ。
こうして今日も、そして明日も、明後日も、私はキーボードを打ち続ける。
心の中では「コンピュータ、Mac Fanの今度の原稿を仕上げてくれ、テーマは初期の音声認識技術についてだ。この前のメモを要約すればいい」などとつぶやきながら。

(新居雅行)

 

新居さんは、みなさんもご存じの通りMDOnlineの編集長です。先日の福岡でのXセミナーの折りに怪しい中国船でご一緒させていただきました。新居さんといえば、 Mac Fanに数多く書かれており、隔週でのトップコラムはおもしろく読んでいます。そう、実は「Excel5.0VisualBasicとAppleScript」という新居さんが書かれた本が有ったから、MacTreeは今まで続いてきたといって過言ではないということもあった りします。

(MacTreeProject)

新居雅行
Masayuki Nii

MDOnline編集長。Macのテクノロジーや開発の世界を、日々とにかくディープに追い掛け、日刊のニューズレターとして発行する。かつては、量産型(笑)解説書ライターとしてたくさんの書籍を執筆した。代表作は「Macintoshアプリケーションプログラミング」「Excel 4.0入門」など。
Macintosh Developer Online

Leave a comment

Your email address will not be published.


*