Vol.94 持ち運べるデスクトップ 大澤康美

PowerBook G3 233

「今日までの注文はこちらのノートに書いておいたから。
商品が発送できるようになったら、振込用紙の番号を控えて発送してね。
入金されたら赤ペンでマル印ね」
一週間後には退社が決まっている前任者の女性がにっこりと笑いながら手渡してくれた大学ノートには、50件余りの顧客情報が、定規で引かれた枠線の中にそれは行儀良く収まっていた。
(マジっすか……)
わたしは覚悟を決めた。
1998年。Mac OS 8.5 が発表され、とうとう 68K の CPU を搭載した Macintosh は最新 OS の恩恵に授かることができなくなる時が来た。当時、わたしは 1台目の Mac である Performa 588 に、Mac OS 8 をインストールし、28Kbps の外付けモデムを使い、学校のアカウントで夜な夜なインターネットに接続する日々を送っていた。と同時に、Mac Fan Beginers の記事をスクラップし、Mac People の CD-ROM に収録されているオンラインウェアを試しては外し、家電量販店に行けば買えもしないのに必ず Mac の売り場に足を運ぶという「趣味:Mac」なミーハー学生であった。(今となってはお恥ずかしい限りですが、雑誌のアンケートを出したら読者コーナーに写真入りで載せてもらったこともあったりします^^;)そんな当時のわたしにとって、最新の OS を使うことができないということは、世の中の流れに置いていかれたような、非常に大きな悲しみを伴うことに他ならず、結果秋の PowerBook G3 シリーズのよりリーズナブルになったラインナップが発表された時には、清水の舞台から飛び込む道を迷わず選択するほどであった。当時はまだ学生で、クレジットカードすら持っておらず、ローンで物を買ったことすらなかったというのに……。新宿のさくらやで35万円を2年間で支払うローンを組んだ後、190MB にメモリを増設した PowerBook G3 233 を手渡されたときには、さすがに手が震えた。

当時、「なぜノートを選択したのか?」という理由に、それまで2年使ってきた愛着ある Performa 588 との共存構想というのがあったのだが、Mac OS 8.5.1 がプリインストールされた PowerBook G3 233 を起動した瞬間から、そんな理念は吹っ飛んでしまった。全てがまるで別世界だった。68040 から PowerPC 603 及び 604 と、2世代を飛び越していきなり G3 なのだから、早くなって当然といえば当然なのだが、Finder のウインドウが開く速度ひとつ、アプリケーションの起動速度ひとつ、そしてまるで別人になったかのようにターボモードで部屋を歩き回る PostPet のピンクのクマを見たときには、2年の間の技術革新の凄さをしみじみと実感することとなった。一度この速さを知ってしまうと、もうあのゆったりとした愛すべき 588 には戻れない。かといって2年来の相棒を二束三文で売り飛ばすには忍びなく、588 は実家の妹に進呈させていただくことが決まった。

「持ち運べるデスクトップ」という PowerBook の異名は伊達ではなく、いままで 588 でやっていたこと全てをあの小さな筐体で、それも今までより格段に速いスピードでやってのける PowerBook。わたしはたちまち虜となり、会う友人会う友人に「デスクトップなんざいらん!ノート最高だよ!」という主張を繰り広げることとなる。

PowerBook G3 233 を購入して2ヶ月。急遽就職先に前倒しでアルバイトが決まり、たった1週間で引き継ぎをすることとなった。就職先は小さな映画の制作会社で、その前年に劇場公開された映画のビデオの通信販売の受付と発送処理が社会人として最初の仕事となった。ここで冒頭のシーンに戻る。ワープロが一台のみでパソコンが一台も存在しないオフィスに、翌日からわたしは私物の PowerBook G3 とともに出勤することとなった。

結果として6000本以上にもなった発注を、わたしはクラリスワークス 4.0 のデータベース機能を活用してなんとか乗り切った。当然一番最初に渡されたノートのお客様のデータもデータベースの冒頭部分にきちんと収まり、ノートは机の奥深くに眠ることとなった。ひとつひとつ、「もっと便利に使えないか?」「もっと手間を省けないか?」と頭をひねりながら改良を重ね、最初は純粋に名前と住所と電話番号しかなかったリストには、顧客カテゴリや営業担当者、入金日や発注日等、新たなカラムが追加され、封筒、請求書、振り込み用紙、督促状の印字までを見栄え良くスムーズに実行できるようになった。そのことがきっかけになって、同じビルの他の関連会社の方からも、Mac を使った仕事をちょこまかと頼まれるようになり、関連の事務所で眠っていた PowerMac 8100 も融通してもらい、しまいには ISDN ルータを導入してインターネットとちょっとした LAN まで組んで、住所録ファイルを共有したりといったところまで至り、オフィスはちょっとした近代化が図られた。

もしあのとき、あのタイミングで、PowerBook G3 233 を思い切って買っていなかったら、地獄の手書き伝票の日々だったと思うと、正直わたしと PowerBook G3 との出会いは本当に運命的なものを感じる。当時一台の PC もないオフィスで、「新卒の女の子にやらせる仕事」というカテゴライズの仕事に、新しい PC を導入して処理をさせてもらうということは、どうしても状況として厳しかった。結局その後、Mac を使うことに本格的に目覚めてしまったわたしは、受注も落ち着いて暇になってしまったタイミングで退社、その後アクト・ツーにアルバイトとして潜り込み、結果現在に至っている。あのとき PowerBook を持っていなかったら、そのまま銀座の事務 OL をそれなりに楽しんでいたかもしれないと思うとちょっと感慨深いが、今まさにこれを書いているのが、サンフランシスコの WWDC 2004 の会場だというのも、また非常に運命的だなあと思ったりもするのだ。

しかし、懐の深いクラリスワークスは本当に今だにわたしのベストオブソフトウェアと言っていい程で、素晴らしいツールを作ってくれた開発者の方やメーカーの皆さま方には、心からの尊敬と感謝の念でいっぱいだ。わたしもひとりでも多くのユーザの皆さまに、そういった「幸せな出会い」をもたらすことのできる製品とサービスをご提供させていただけるよう、気持ちを引き締めて頑張っていきたいと思う。

株式会社アクト・ツー
大澤康美
1976年生まれ。株式会社アクト・ツー R&D プロダクトマネージャ。
現在は本当に久しぶりに買いました 3台目の私物 Mac である Power Book G4 15インチにて、新製品の準備に追われる毎日です。
アルミの PowerBook も素晴らしいですね!

 

アクト・ツーのプロマネの大澤さんです。いつもマックイベントや、ユーザー関係の会合でお会いします。実はアクトツーの懐刀と言う噂は、、、ないか、、

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