Vol.083 コンピュータなんか嫌い マサ村上
Quadra 610
十年ひと昔というならば、もうひと昔以上前のこと。
仕事を辞めてぶらぶらしていた僕は、3日前には考えてもいなかったくせに、なぜかデザイン会社の門を叩いてしまっていた。そんな行動に出た理由は、今となっては思い出せない。経験らしきものといえば、ちょっくらイラストを描いてたくらいのことで、専門的な学校に通っていたわけでもない。当時に戻って、説教のひとつもくれてやりたいくらいである。
「なにを考えてるんだ。そんな風に育てた覚えはないぞ!」
入社してから聞かされたのだが(なぜ入れてくれたのかは謎のままだったけれど)、その会社では、新たな戦略として「まっく」とやらを導入していた。「つー・しーあい」とかいうやつ。
「ふるからー」のモニタもつけて、「ぽすと・すくりぷと」のプリンタも入れて、ポジフィルムがとれる「すきゃな」もつけて、「いらすとれーた1.9」やら「ふぉとしょっぷ2」やら「くおーく・えくすぷれす2」やらもインストールされたそいつは、社長曰く、
「我が社の将来がかかっとるからねー」
なのである。百万以上投資してるらしい。だから、クライアントに営業に行っては、
「何でもできまっせ~~。ウチには、まっっっっっっっくがありますから!」
とか何とか繰り返す社長(ちなみに、「まっっっっっっっく」というのは誤植ではない。発音を正確に描写しているだけである)。隣で作り笑顔を浮かべて聞いているデザイナーこそ、いい面の皮である。僕たちのことなんだけど。
書くのが遅れたけれど、その会社では、ちょうどベテランのチーフが辞めたばかりだった。後釜に座らされた新チーフというのは、まだキャリア3年ほどの大人しげな人だった。他のデザイナーとは、僕ひとり。その僕のキャリアというのは、前述の通り、ゼロである。えらい状況なんである。
だからこそ、新戦略を導入したのかもしれないのだが、どうも間違いっぽい気がしなくもない。もちろん、そんなことは言えないけど(酔っぱらったときは、言ったかもしれない)。
というわけで、事実上ひとりで仕事をこなしまくる新チーフ氏と、デザインの基礎を学ぶ間もない戦力外の僕の二人は、「まっっっっっっっく」とやらを習得しなくてはならない羽目に陥ってしまった。それも早急に。嗚呼。
これまた書くのが遅れたけれど、僕は「こんぴゅーた」などというものが、とにかく嫌いでならなかった。
そういう種類の大学に通っていたこともあり(通ってたんですよ、これが)、学生の頃には「こんぴゅーた」を持っている連中が周りには多かったけれど、なにやら呪文のごときものを打ち込んでいるその姿は、僕の目には奇異なものとしか映らなかった。
実験をするのにどうしても必要で、「ふぉーとらん」のコマンドを3つばかり打ち込んだことはあるけれど、なぜ自分がその呪文を唱えているのか、皆目検討もつかなかった。ただ、隣の席の親切なやつの言う通りに、指を動かしていただけのことである。リモコン操作。
そもそも、漫画を見てもわかるように、「まざー・こんぴゅーた」は地球を支配して新人類を追い出す悪いやつなんである。映画を見てもわかるように、最後には「でーいじー、でーいじー」などと歌いながら狂ってしまう怖いやつなんである。そうに決まっているのだ。
なのに今、僕の目の前には、その恐ろしい「こんぴゅーた」が横たわっているのだ。なにやら名前は違うようだけど、箱があって、モニタがあって、キーボードがある。一緒である。頼みのチーフ氏は、押し寄せる仕事の渦の中、霞のように浮かんでいる。
「終わった‥‥」
と思った。
「やっぱりデザインなんて、縁がなかったんだ」
とも思った。そもそも無理があったんだから、しょうがない話ではある。
ところが、である。おもしろいんである、これが。
特に「いらすとれーた」は脅威のソフトだった(「名前の割には、イラスト描くには向いてへんやんけ」とは思ったけれど)。なんて簡単なのかと思った。
今から思えば何もできないようなシロモノだったけれど、これで初めて地図を描いたときの感動は、今もはっきり思い出すことができる。比喩ではなく、本当に身体を電流が走った。
よくわからないままに、「ふぉとしょっぷ」で写真にエフェクトをかけて入稿したりもした(解像度の設定などをした覚えがないので、きっとひどいデータだったのだろうけど)。それをあしらったカタログが刷り上がってきたときは、チーフ氏と握手したりした。
全然違う。呪文は必要なかった。「こんぴゅーた」じゃないのかもしれない、とさえ思った。「The Computer for the rest of us(残された人びとのためのコンピュータ)」というアップル社のキャッチコピーを知ったのは、相当後になってのことだったけど。
「はじまった‥‥」
と思った。はじまったのだ。
「デザインには、縁があるのかもしれない」
とも思った。そちらの方は気の迷いだったけど。干支をひと回りしても、まだ腕は悪いまま。困ったものではある。
とにかく、教えてくれる人は誰もいなかったけれど、8割以上理解できない取説と、2冊だけ買った攻略本と(僕の給料にしては高価だったから)、会社でとってくれていた雑誌「まっく・らいふ」を、むさぼるように読んだ。電車の中でも読んだ。歩きながらも読んだ。布団の中でも読んだ。あげく、遅刻した。
それから2年が過ぎた頃、事務所でさわっているだけでは飽き足らなくなってしまった僕は、自分には縁のないと思っていた街・日本橋の雑居ビルの一角にある、自分には縁のないと思っていた種類の店で、「くあどら610」とかいうのを買った。スキップして帰った。らんらんらん。
意を強くして「こんぴゅーたはトモダチ。怖くない」とばかり、友達のところで触った「ういんどうず3.1」は、やっぱり怖かったけれど‥‥。
でも、その「こんぴゅーた」で使われていたものは、やはり呪文だったのかもしれない。それは、10年が過ぎた今も、僕を惹き寄せて離してくれそうもないのだ。
(マサ村上)
今回はたまたま、mugnetのサイトの打ち合わせで隣り合わせたマサ村上さんお願いしました。無理矢理お願いしたのに、、こころよく引き受けていただきました。
(MacTreeProject)
マサ村上
関西在住のグラフィック・デザイナー(のようなもの)。
MacとPalmを肴に無駄話ばっかりしてる「マサトレ」というサイトもやっています。つい先日、大台に乗ってしまいました。ぼんやり役立たずな日々を過ごしていても、トシだけは自動的にとってしまうんだなーとか思ったことでございました。
マサトレ
http://www.ne.jp/asahi/masa/training/
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