Vol.64 カラクラをめぐる彷徨 野末尚仁

ColorClassic

学生時代も終わりにさしかかった頃、はなからマトモな就職など考えていなかった20代前半の自分にとって、友人の「知り合いのフリー編集者がアシスタントを探している」という言葉は、まさに渡りに船だった。それがきっかけで出版業界に入り、ファッション誌、青年誌、アウトドア誌、クルマ雑誌など、気がつくと、さまざまな媒体で記事を書くようになった。
当時(90年代前半)はまだ、ワープロ専用機を使って原稿を書き、編集部にFAXして赤字を入れ、書体や級数を指定してて入稿というワークフローが一般的。ちょっと進んでいる編集部で、せいぜいフロッピー入稿が関の山という、牧歌的な時代ノノ。そんな状況とはいえ、出版界の末端で駄文を書きながら(これは今もか)口に糊している人間にさえ、「いずれはMacintoshというコンピューターによるDTPが主流になるはず」的な情報は入ってきていた。
今でも「手引き」によるレイアウトを基に、写植を打って作る雑誌はもちろんある。こうした昔ながらの雑誌制作では、ちょっとしたレイアウト変更があると、コピー機を使ってレイアウト用紙を拡大・縮小し、ペーパー糊で貼り付ける、といった作業が発生する。カタログ本などでレイアウト変更があると悲惨で、たったひとつの変更が何ページにも影響することさえあるのだ。
このフリー編集者時代にも、ペタペタとレイアウトを切り張りしながら、当時の師匠と「Macで雑誌を作るようになればこんな手間はなくなるのにノノ」とよく愚痴をこぼしていたものだ。きっとこの頃、Macに対するハッキリとした意識、つまり「憧れ」が芽生えたのだと思う。

思えば、コンピューターとの「恋愛」は、これが最初ではない。中学に入ったころにも一度あったのだ。同年代の方なら身に覚えがあるかもしれない、駅前あたりのマイコン(!)ショップに行って、雑誌(月刊アスキーとかI/Oとか)に書いてあるプログラムを打ち込んで、店が閉まる時間になるとカセットテープにセーブ。翌日もそれを繰り返し、全部入力し終えたところでプログラムを走らせるのだが、たいていは入力ミスがあって「SyntaxError」とか言われるという、アノ体験である。こうして苦労して入力したプログラムが何だったかというと、当然のごとくゲームだったりするわけで、当時の自分としてはコンピューターといっても所詮は「ゲーム機」という位置づけだった。その後、PC-1500というポケコンを買って、BASICで小さな液晶画面にドットを描きゲームを自作するようにもなったが、高校に入ってギターを弾くようになったら、アッサリと飽きてしまったという、その程度である。
だが、Macは違った。
仕事ができる。趣味にも生かせる。だいいち、画面表示がこんなに美しいだなんてノノ。なんだか、無限の可能性があるような気がした。
当時のワープロ専用機みたいに始点・終点を指定する必要のないコピー(カット)&ペーストにはぶったまげたし、文字列を選択してドラッグ&ドロップで位置を変えたり、書体や大きさを変えられるというのも、衝撃的だった。
だが、貧乏なフリー編集者にとってMacはやはり、高嶺の花。雑誌を買って広告を眺めてみても、一式揃えるのに何年ものローンを組まねばならない。実績の乏しいフリーの人間はローンを組みづらいのだ。
その頃、欲しかったのはColorClassic。一体型の、なんともキュートなそのデザインに一目ぼれしてしまった。こりゃ是が非でも欲しい。だが金はない。私のMacとの初恋は悲恋となり、そのまま自然消滅してしまった。
それからしばらくして、転機が訪れた。ある日、毎日酷使していたワープロが壊れてしまったのだ。よし、こうなれば借金でもなんでもして、とにかくMacを買うのだ!と思い立ったはいいが、初恋の人、ColorClassicはすでに現役モデルではなくなり、Apple的には第一世代のPowerMacが登場して、Performaにも力を入れ始めていた頃だった。結局、LC630と17インチモニター、ColorStyleWriter2400を35万円くらいで買った。初恋の味は忘れて現実路線で折り合った、と書くとLC630が可哀想だが、当時の自分は今とは違って、中古でもいいから手に入れようなどという発想すら浮かばない、オボコい若者だったのである。

こうして手に入れたMacだが、恥ずかしながら、使い方がよくわからない。便利そうなことが書いてあったので、QuickDrawGXをインストールしたら、マシンがフリーズばかりして起動しなくなった。
こりゃダメだ、ちゃんとMacを勉強しなくちゃ、と思ったものの、分厚いマニュアル書の類いは、どうも開く気になれない。だったらいっそ、Macのことを仕事にしてしまえ!と門を叩いたのがソフトバンクで、アッサリとフリーの立場を捨てて宮仕えの会社員になってしまった。配属されたのは、ちょうど創刊準備をしていたBeginners’Macという雑誌で、そこにいたのが、現ZDNet/Macの松尾編集長である。1995年のことだった。
その後、Beginners’Macはなくなり、スライド式にMacUserに異動したはいいが結局はソフトバンクからアスキーに移り、今に至る。「操作を覚えるなら仕事にするのが早かろう」と飛び込んだMac雑誌の世界に8年もいることになる。
初恋のColorClassicはその後、中古で二台手に入れた。ひとつは改造しまくった揚げ句に電源がおかしくなってしまい押し入れの中だが、もう一台は、今も会社の机の上で現役だ。コイツとはできるだけ、長く付き合いたいと思っている。

(野末尚仁)
野末編集長、みなさんご存じのMacPeopleの編集長さんです。なぜか、おあいするのはいつも大忘年会のような、、、今までの名古屋の焼き肉屋ではゆっくりはなせませんでしたが、今年はオペラシティ、、広さも十分あって、ゆっくり話が出来ました。また、野末さんもマックに人生の舵を切られてしまった一人なんですね、、

(MacTreeProject)

野末尚仁
Nozue Shoji

カラクラのことを書くつもりが、よくわからんモノになってしまいましてすみませんすみません。各メディアで活躍なさっている先輩諸兄に比べるとなまっちょろいキャリアですが、気がつくといろんな方と知り合うことができました。幸せです。Mac雑誌の編集長なんてやってますが、基本的には素浪人。この仕事をビジネスと意識したことはないですし、それなら山小屋の番人にでもなったほうがマシ。いろいろあるけど、やっぱりMacって面白いです。
MacPeople

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