Vol.49「MacMP3」プロジェクト 河野俊之

PowerBookG3/400
99年の5月、毎年米国サンノゼで行われるApple社の開発者向けイベントWWDC(ワールドワイドデベロッパカンファレンス)の基調講演で、スティーブ・ジョブス氏によって発表されたのがPowerBookG3/400だった。
会場で私と米国人の同僚は、ジョブス氏の紹介するスペックを聞きながら発表されたばかりの新型マシンの光るAppleマークを羨望のまなざしで見つめていた。
すると、このマシンはここに来ている“デベロッパに最適な”マシンであるから会期中に50台参加者へプレゼントするという。
もしかしたら当たるかもという淡い期待を胸に、一週間はあっという間にすぎ、
帰国の途では、「More brain,Less brawn.」(もっと頭脳を、筋肉を少なくの
意味。このマシンでは大胆な軽量化とCPUパワーの増強が行われた。)と書かれたPowerBookG3/400のポスターだけを寂しく持って帰ることとなった。
ちょうどこの頃、Windowsでは盛り上がりはじめていた音楽圧縮フォーマットMP3のMac用のソフト「MacMP3」のプロジェクトが進行中で、プロジェクトリーダーを務めていた私は、市場の状況から判断して夏までにリリース出来るかが成功するか否かの分かれ目だと思っていた。仕様の決定から約3ヶ月でリリースを目指すというかなり大胆なプロジェクトであった。
こういうプロジェクトの場合に必要なのは、スタッフの根性とすばらしいマシンであることは言うまでもないが、当時の私はどうもiMacを代表とする非プラチナホワイトのマシンを仕事で使う気になれず、マシン環境のG3化が遅れていたのだ。
仕方がないので、“デベロッパに最適な”PowerBookG3/400を買うことにした。
高いけど仕方がない。ジョブス氏が最適だというのだから間違いない。
賢明な読者のみなさんはお気付きの事と思うが、上記は建前というか完全にこじつけで、
単にAppleの策略に見事にはまりほしくて仕方なくなっていただけのことである。
急ぎのプロジェクトは、例外なく最後にしわ寄せがくるものでマスターアップの1週間前、このままでは間に合いそうにない製品化の工程を短縮するため、デコード部分を担当するチームがいる米国へ出向くこととなった。すると、再会した例の米国人の同僚も見慣れたPowerBookG3をもっているではないか。そう彼もまたAppleの策略に見事にはまっていたのである。
この二台PowerBookG3はまさに大活躍をした。(本当は使っていた二人もそれなりに活躍した。)最後の一週間は予想通りほぼ毎日徹夜であった。
昼間は米国のスタッフたちと共に開発を行い、時差を利用して夜は日本サイドを中心にQAを行うという世界昼夜二交代シフトで臨んだ。これを可能にした根性は、持ち前の物ではなく、欲しかったマシンを手に入れたうれしさから来ていることは言うまでもない。
ポートランドからサンフランシスコへ移動中の国内線の機中では、ボックス席で向かい合った2台のPowerBookG3が赤外線でファイル交換しながら作業を続けるという状況であった。赤外線ポートの角度がずれるとコネクションが切れるので、これには結構苦労させられた。もちろん周りからみれば単なる白人と東洋人の怪しいマニアである。
さらに、帰りのフライトではセコセコとインストーラのビルドを行ったのを覚えている。10時間近いフライト中延々とマシンで作業する姿は、これまた異様だったに違いない。
しかし、これはバッテリーパック二本差し、暗い機内ならではの液晶輝度最低であれば10時間近く稼働することの証明でもある。
かくして、帰国直後にCD生産の業者にマスタCDを渡すことができ、数多くのスタッフの努力が実り何とか9月7日のWorld PC Expo 99の初日に発売を間に合わせることが出来た。
その後は、皆様のおかげでMacMP3はMacOSのみの製品としては異例の大ヒットを記録することとなる。
そう、MacMP3は、PowerBookG3/400なしでは語れないプロジェクトなのである。
ジョブス氏に乗せられて、物欲に負け買ってしまったPowerBookG3/400であったが、結果的には非常に費用対効果の高い良い買い物となったのであった。
ちなみに、同時に発売された333MHzモデルもパフォーマンスは大して替わらないのだが、400MHzモデルにはDVD-ROMドライブが搭載されておりDVD-VIDEOを楽しむことが出来た。しかも最近では珍しいハードウエアのMPEG2デコーダ搭載で、最新のPowerBookG4のソフトデコーダと比べてもかなり安定したすばらしい機能を持っていた。電池の持ちもよく画面も大きくステレオスピーカ付きということでポータブルDVDプレーヤとしても優れた製品だったと思う。よく出張先でDVDを楽しんだものだ。
こんな事例もありますので、みなさんも是非Macへの投資は躊躇無く続けていただきたい。(ついでにアクト・ツーのソフトウエアもよろしくお願い致します。)
(河野俊之)
アクトツーの河野部長におでまし頂きました。天才肌のエンジニアと聞き及んでおります、、初めてお会いしてからもうずいぶん立つと思いますが、いつもmactreeを応援頂いているスポンサー様でもあります。今回、エッセイをお願いして、快く引き受けていただきましたありがとうございます。アクトツーの製品をみたら、河野部長が関わっていると思って下さいね。PowerBookG3/400/DVDは僕も長い間愛用したマシンで、購入してから2年間、現在のiBook/500/DVDになるまで活躍してくれました。
(MacTreeProject)
河野俊之
Toshiyuki Kohno
1974年生まれ。アクト・ツー 取締役統括部長 最高技術責任者。工学院大学大学院工学研究科情報学専攻修士課程修了。マルチメディア工学を学ぶ傍らソフトウエア業界に入る。「MacMP3」の企画及び開発リードを担当。Webアプリケーション開発も古くから手がけ、日本初のMacromedia社認定講師としてWebアプリケーションエンジニアの育成にも力を注いでいる。
Leave a comment