Vol.13 ちょっとだけ昔のこと 【めのう】

Macintosh IIsi
CPU:68030(20MHz)
メモリ:2MB/最大17MB
ハードディスク:40/80MB(SCSI)

ちす、【めのう】ッス(^_^)

今日は昔話をするぜっ! って言っても、昔話をさせると爺さんのように長いと評判なので、がんばって短くするつもりなんだ(笑)

そんなワケで、早速いってみようか(^_^)

 それはめるへんめーかー先生風に言うと、「ONCE UPON A TIME, ちょっと ちょっと AGO」ってヤツ。【め】が今でも繁華街と呼んでいる(そしれ笑われている)静岡駅の北側の映画館が立ち並んでいる街なかに、何故か「パソコンセンター」は密集してたんだ。

パソコンセンターなんて言っても、聞いたこと無い人の方が多いのかな(笑) まぁ、今で言うところのPC専門店なんだけど、当時は今とはお店の使われ方がちょっと違ってたんだ(^_^)

まだほとんどの人は「パソコン」って言葉を知らなくて「マイコン」って呼んでいた時代。

パソコン好きって言うのはだいたい大学生以下で、当然お金なんて持っていなくて、しかも当時は今みたいにパソコンが役に立つなんて思われてなかったから高価なオモチャとしか考えられてなかったんだ(^_^;)

 もちろん、パソコンを買ってくれる親と言うのも少ない分けで、パソコン好きな奴等のほとんど全員は、手の届かない店頭のパソコン目当てにパソコンセンターに通っていたんだ。

ん? 今でもそういうヤツいるって? それがそうじゃないんだ(^_^;)

当時の店頭デモ機はお客さん(買わないからお客さんじゃないと言う話しもあるんだけど)に完全に解放されていて、店頭のマシンで雑誌のプログラムを打ち込んだり、自作のゲームを作ったりしてたんだ(笑)

店頭のマシン=開発マシンだったってワケ。でもって、そういう場所で店員が常連をスカウトしてゲームやソフト販売会社を興すことも多かったんだ。 ショップから大きくなったゲームメーカーで有名なところではハドソンソフトとかかな(^_^)

パソコンセンターはまた、コミニュケーションの場でもあったんだ。つまり、自作のソフトや雑誌を見て入力したソフトをお互いに交換したり、情報交換したりしていた。

まぁ、そんなワケで【め】なんかも土曜・休日なんかには市内に数件しかないショップを家に近い順番に巡回して、最後は「繁華街」にあるパソコンセンター地帯に行くと言う荒んだ生活を、この頃既に始めていたんだ(笑)

予想通り出だしからいきなり長くなっちゃったなぁ(^_^;) まぁ、とにかく話しを進めよう。


 そんなある日のこと、繁華街の外れにある映画館のある交差点のゼロワンショップで、Macintoshを見つけてしまったんだ(^_^;)

衝撃的だったぜ!

マウスが使えるマシンは既に体験済みだったけれど、マウスでコントロール出来るマシンは初めてだったし、ルックスは一体型のコンパクトな筐体に白地のディスプレイ!、まるで現実にあるかの様に触ることの出来るウィンドウシステムとアイコン!

でも、あの時は何よりもビープ音(と、言う言葉も死語か(^_^;) 警告音だね)がインパクトだった。クリックすると鳴る「ぼよよよよーん」は、System 6の時代まで使われていた標準ビープ音なんだけど、とにかくサンプリングサウンドが鳴る機械なんて当時は無かったからね(笑)

それに、子供でもそれは分かったんだけど、機械的なビープ音ではなくて猿の鳴き声やなんかを標準音に入れちゃう遊び心や、当時はタブーとさえ思えたマウスベースの操作体系はサイバーオタクな奴等の共感を集めたに違いない!

少なくとも【め】はすっかり虜になったんだ。

 落ち着いて静かな店内に、インテリアの様な高級感のあるケース。見たことない程完成されたバーチャルリアリティなシェル。サイバーな機械のくせにアコースティックな香りを漂わせていた。ああいう体験を出来たことは本当に幸運だったって思うんだ(^_^)

【め】にとっては、あの体験がMacintoshの魅力の全てかも知れない。(ある意味、目が眩んだとも言う)

 すぐに調べはついた。それが「あの」Apple社のMacintoshだってことが分かった。CPUはなんとモトローラのMC68000ってことも分かった。欲しいとも思ったけど、手が出ないことも分かっていた(^_^;)

当時持っていたMZのプログラム教本のあとがきに「最近では」と言う出だしで書かれていた内部32bitの想像も出来ないくらいの容量を扱える大量のレジスタを備えたUNIXマシン用のチップ・・・と、言う認識だったその「スーパーなCPUを積んだ高級なマシン」は、結局手が出ないまま年月が過ぎていった・・・ま、お約束ってヤツだね(笑)


 高校を卒業する頃だった。当時既に十数台目にあたる最新の所有機は98ノート(初代)かX68000だったと思う。

しかし、プログラムのバイトをする→そのお金でパソコンを買う って言う悪循環(笑)を繰り返して育った【め】が、ついに自分でMacintoshを手に出来る時がやって来たんだ! (さぁ皆、ここで拍手!)

Macintoshにも低価格の波が押し寄せて、カラーのMacintosh一式が100万円以下で買える時代になったんだ! 最新機種はClassic / LC / IIsi。但し、ラインナップではIIfx / IIciがその上に位置して価格的にはIIsiのすぐ下にSE/30が設定された。(IIcxはIIsiにリプレイスされた)

さぁ、皆ならどれを選ぶ?

安価で手のだし易いClassic?
やっぱりカラーの扱えるLCか?
憧れのSE/30?

カタログを見て毎日あんなにドキドキしたのは多分一生のうちであれが最初で最後だろうな(笑)

結局、数日間悩んだ末に【め】が選んだのはIIsiだった(^_^) 本当はIIciのパワーが欲しかったけれど、予算オーバーだった。それでも一式で110万円もしたけどね(^_^;)

 正面からは電源のLEDとフロッピードライブしか見えないシンプルなデザイン、Apple 13″カラーモニタと一体感をかもし出す曲線・・・完璧なマシンだった。

見ているだけでもため息が出たけど、もちろん用も無いのに部屋にいる時はいつも電源を入れて、デスクトップのカスタマイズからさまざまなことに使った。 ・・・必要以上に(笑)

当時のMacintoshはSystem 6.08と言うヤツで、日本ではそれをベースに日本語化した漢字Talk6.07と言うシステムがのっかっていたんだ(^_^) ←バージョン番号は間違えではない

アイコンは全て白黒で、コピー&ペーストでアイコンの貼りかえと言う機能も存在しなかったから、ResEditやフリーウェアによるカスタマイズだったワケだけど、だからこそ今以上に画期的なカスタマイズソフトがあったと思うなぁ。

X-Windowのただシュールなだけのものとは一線を画す、愛敬をふりまくメニューバーのEyeBallなんて、最高だったな。当時のMacユーザなら9割以上はインストールしてたんじゃないかな(笑)

自分でもかなりシステムリソースを漁った。mcky(マウスの加速度係数を記したリソース。もちろんミッキーマウスにかけてある)さえ自分用に調整・・・・しようとトライしたんだけど、ディフォルト値が良くでき過ぎていて変更出来なかったのは今となっては良い思い出サ。 フッ


 ところで、IIsiは確かに高価だったけれど、「高いな」と思ったことは一度もないんだ(^_^)

もちろん、既にその頃には新製品が出れば旧機種が陳腐化する法則に完全に慣れていたって言うのもあるんだけど、そんな理由じゃあないぜ。

それは、Macで無ければ出来ない体験が出来たからなんだ。それは今でも変わらないけれど、今なら目的がワープロと表計算だけならWindowsでも特に問題ないよね。でも、当時はMacと他のウィンドウシステムの間には、お話しにならないくらいの開きがあったからね(^_^)

【め】はMacintoshからいろんなことを学んだんだ。インターフェイスは一貫性を持たせるべきだ、必要以上の装飾は機能の妨げになる、遊び心を忘れるな、この橋渡るべからず。(←?)

今でもWindows上ではアプリケーションごとに・・・いや同じWindows同士でさえ異なるインターフェイスが混在してるし、本来集中したいコンテンツに集中出来ないようなドギツイ色のウィンドウや、キャラクターを用いた邪魔なヘルプシステムのように、「ぜんっぜんわかっちゃいねーぜ!」的なアプローチが目につく。そしてカンにサワる(笑)

まぁ、現時点じゃOS Xにもその傾向はあるんだけど(^_^;)

 OSは派手ではなくて、時に作業の疲れを癒し、時にそのリズムで作業を助け、それでいて邪魔にならないようなBGMであるべきだと思うんだ(^_^)

もちろん、心地よくて魅力的でなくちゃいけない。

って、OSはこうあるべきだとか言い出すとキリが無いので省略。

 IIsiに話を戻そう(^_^)

その後、IIsiは実に5年近くも【め】の現役のメインマシンとして動作していたんだ。その途中には値の下がったメモリの増設(それでも16MBで7万円くらいしたけど)、CPUアクセラレータ(Diimo 030/50MHz)、その他さまざまな周辺機器の増設があったけどね。

思い出せばいつも部屋の隅にIIsiがあった(^_^)

常に6・7台のパソコンを使っていたし、パソコン通信には98、作曲は88、ゲームはX68・・なんて時だって「自分1台で何でも出来ます」なんて顔はせずに、いつでも電源の入ったまま机の上で待っていて、必要な時には気持ち良く相手をしてくれていた。


拡張性こそ乏しいけれど、過去の全てのMacintoshラインナップ上でもシンプルでエレガントで、直線と曲線の自己主張がありながら、まるで自分はBGMですと言わんばかりに控えめな存在。(そう、ラインナップ上でも控えめな存在だ(笑))

今でこそ秘密基地に転がっているだけだけれど、時折起動する度につい嬉しくなって他のメンバーに声を掛けてしまうくらいに、やっぱりIIsiが好きだったりするんだ(^_^)

きっとMacintoshユーザなら、自分の最初のMacintoshには同じような思い入れを持ってるんじゃないかな。

【め】はMacユーザで良かったって思うぜ(^_^) 皆もそう思わない?

 

【めのう】氏とは、何年か前の名古屋お宝鑑定団の忘年会で会ったような気がする。非常にのりがいい人物で、なぜか、私をでかいひととよぶ。
彼の目には相当大きな体に見えるのであろう。。もちろん大きいのは事実だが
EXPOなんかの大会場であっても、でかいから目印にいいってさ、、

彼の住む静岡市は、私にとっては初めての本格的な仕事に就いた思いで深き場所。商工会議所の横に私の会社はあった。

(MacTreeProject)

【めのう】
“MeNOU”

[(1)瑪瑙]宝石。石英・玉髄・蛋白石などの混合物。装飾用[(2)めのう]更新されないホームページの運営者。話しの前振りが長く、本文に全く関係ない場合が多い。ベタネタを多用する。[(類)無能]才能(能力)が無いこと。
Macintosh Garden

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